|特集| 無人化施工
現場の〝無人化〟の原点を探る建設無人化施工協会が語る技術のゆくえ
わが国において建設工事の〝無人化〟といえば、今日まで実績を積み上げてきたのは建機の遠隔操縦による施工である。火山災害や土砂崩れなど、人間が物理的に立ち入ることのできない場所、ないしは二次災害の懸念がある場所において、「施工地に人間の立ち入りが無い」という意味での〝無人化〟だ。この遠隔操縦による無人化施工が、建設機械の自律運転に先駆け約20年来、わが国における災害復旧工事を支えてきた。
建設の省人化に注目が集まる今日、〝無人化〟が目指してきたものは何で、これからの〝無人化〟は〝自動化〟へと変わるのか。日本における無人化施工導入の歴史とともに歩んでこられた建設無人化施工協会の技術委員会にお話をうかがった。
建設無人化施工協会
技術委員長 坂下 誠 氏(前田建設工業㈱ 土木事業本部 機械部 機械部長/機械技術グループ長)
技術委員 北原 成郎 氏(㈱熊谷組 土木事業本部 ICT推進室 フェロー職/室長)
事務局 小森 聡 氏(大成建設㈱ 土木本部 機械部 機械計画室 主任)
■建設無人化施工協会とは~あらましと概要~
建設無人化施工協会は、建機の遠隔操作による施工について、特に災害時への対応を念頭に技術・好事例の水平展開、適用にあたってのアドバイスを行うなど無人化施工の技術の普及を進める団体である。2000年の設立以来、足掛け20年にわたり国内の無人化施工実施を支援してきた。
日本における無人化施工は、1990年代の雲仙普賢岳(長崎県)噴火災害における災害復旧工事を皮切りに発展し始めた。以来建設企業各社で取組みが加速するなかで、建設無人化施工協会が設立されたのが2000年のことだ。個社単位の取組みから協会という業界的取組みへと発展したきっかけは、同年の有珠山(北海道)噴火災害復旧工事。無人化施工に用いる高出力無線局を複数社が共同で利用するべく、建設企業各社はこの無線を共有する建設無線協会を設立し、免許を取得した。このとき設立された団体が建設無人化施工協会の前身となる。こうして有珠山の噴火からわずか1ヶ月後には、遠隔操作機能を付与した建機を現地へ導入した。有珠山の対応を乗り越えた各社は、その後も全国で災害が発生した際は共同で対応していく方針を確認。2000年11月に無人化施工協会が設立され、以来約20年、全国各地の災害復旧工事等における無人化施工導入支援や知見の共有に臨んでいる。
今回取材に応じていただいた建設無人化施工協会の面々。
左奥から、技術委員長 坂下誠氏(前田建設工業㈱)、技術委員 北原成郎氏(㈱熊谷組)、事務局 小森聡氏(大成建設㈱)。
■建設無人化施工協会 Webサイト
http://www.kenmukyou.gr.jp/
日本における無人化施工の展開
無人化施工とは何か
今日「無人化施工」として建設業界に定着しているものは、人体にとって危険度の高い施工地に対して、無線技術を活用して人間が安全な位置から建機を操作するメソッドだ。主に災害直後の土石除去や二次災害防止のための処置など、その後に続く本格的な人員・建機立入りのために必要な搬入路・ヤードの確保など緊急性の高いものを担っている。
無人化施工における遠隔操作システムを構成するのは、操作命令を受信・実行する機構を搭載した建設機械と、操作盤および現地施工状況を目視するためのモニター類が集約された遠隔操作室の2つ。施工箇所付近に人間が立ち入れない状況を前提とした手法であるため、建機と操作室はある程度距離をとるのが普通だ。両者は無線によって結ばれており、基本的には施工地より100-300m、長いもので1㎞程度離れた場所に操作室を設け、モニター越しに建機を遠隔操作する。時にはそれ以上離れた距離から遠隔操作するケースもあり、数十㎞単位での遠隔操作も可能だ。
無人化施工システムの構成
〔提供〕建設無人化施工協会
遠隔操作における施工状況確認方法
〔提供〕建設無人化施工協会
無人化施工が乗り越えるべきハードル
1994年の雲仙普賢岳災害復旧工事以来、無人化施工は全国で約200件の例を積み重ねてきた。当初は除石工事を対象としていたこのメソッドも、今や対応工種を拡げて撤去工・砂防堰堤構築工・導流堤ブロック積工など、様々な工種へ適用可能になっている。その折々で適用や業界内の情報交換を支援してきた建設無人化施工協会は、無人化施工実施にあたって数々の苦難を目の当たりにしてきたという。
「バックホウが滑るぞ!?」
案件ごとに条件がさまざまであり、どの工事もハードルが高いものだったと述懐する北原氏。そのなかでも印象深かった例をうかがったところ、協会設立の経緯となった有珠山の工事も大変なものだったと言う。
「有珠山の何が大変だったかと言うと、火山灰が施工地一帯を覆っていたんですね。道路の上にも火山灰が積もっていたのですが、道路には排水のために少し勾配があるので……、あの大きな30tのバックホウがね、滑るんですよ」
普通の工事では考えられないことだと北原氏が言うと。坂下氏も当時を思い返して苦笑い。「バックホウが滑るぞ!?」と、現場にどよめきが走ったそうだ。
ほかにもこういった施工地や災害ごとに異なる条件を前に、現地視察や技術検討を行い、資機材搬入ルートの選定や無人化施工の実施を助言してきた。山崩れの崩落法面へ対処するべく建機を導入したいが搬入路がないため、近辺までの空輸可能性を求めて航空ヘリに乗り込んだこともあった。検討の結果無人化施工の導入はできないといったケースもあったが、分解・組立型の建機導入を支援するなど、各案件に応じて努力・支援の実績を積み重ねてきたのだ。
2000-2001年に行われた有珠山の「西山川災害復旧工事(応急)(その1,2) 西山川砂防工事」施工地。噴火口を目の前にしたこの地で、埋塞土の除去と砂防の築造が行われた。[提供:建設無人化施工協会]
「西山川災害復旧工事(応急)(その1,2) 西山川砂防工事」施工風景。市街地の一面を覆い尽くす流入泥土や火山灰から、災害の凄惨さをうかがい知ることができる。[提供:建設無人化施工協会]
「機械さえあればできる」という誤解
「ある災害の時のことなのですけれども」
施工地の条件以外の課題をうかがったところ、北原氏が振り返る。
「『とにかく遠隔操縦用の機械を持って来ました』という状況のなかで、オペレーターには遠隔操縦に関して一切の経験がなかったんです。遠隔操縦に初めて触れるという人が操作して災害対応をしていくという状況で、結局、機械を壊してしまうというようなことが目の前で起こりました」
以前は特に、そういった状況が多かったと言う。技能者だけでなく、発注者の行政側にも遠隔施工の難しさという認識が醸成されていなかった。「必要な機械さえあればできる」と思われがちな面があり、関係者の準備が十分とは言い切れない。
近年はDXの推進も進み、行政や各社が講習会やDXセンターでの訓練に臨むようになってきている。しかし、それでも「まだまだ」なのが現状だと、坂下氏・北原氏は口を揃える。
「少しの訓練によって、すべて実地で使えるのかと言うと、まだまだですよね。『遠隔操縦に触ったことはあるよ』『全くの初めてではないよ』くらいなもので」と坂下氏が言うと、北原氏は「工事をちゃんと、ひと通り経験するのが望ましいでしょう」と結ぶ。知見の水平展開については、業界を挙げて取組む必要があるようだ。
自動化施工は〝無人化〟の主流となるか?
建設工事の〝無人化〟をめぐっては、今日、ICT・IoTを活用した建設機械の自動運転(自律運転)という領域が台頭し、各種の実証実験・現場への試験導入が進められている。建設機械が自ら施工作業を進めてくれるのならば、それは遠隔操縦の先を行く「無人化施工」の未来像にも思われるが、本邦における無人化施工の歩みを支えてきた建設無人化施工協会はどのように見ているのだろうか。
自律運転と遠隔操作を隔てる〝境い目〟
協会としても今後自動化施工へ向けた取組みを考える必要がある一方で、2つの〝無人
化〟技術の異同も考える必要があると、坂下氏は言う。
「無人化施工と自動化施工・全自動化というものの境い目を考える必要がありますよね。無人化施工はもともと、人間が怪我をしないための技術という意味合いが大きいものです。効率化のためにさまざまな研究がなされていますが、それらもすべて『人間が操作する』ことが前提となっています」
無人化施工と自動化施工の技術開発は、本来そうした境い目で隔てられていたと、坂下氏は強調する。だが同時に、2つの道が接点を持ちつつあるとも指摘する。
「AI技術もマシンガイダンスとして無人化施工へ実装できるし、ドローンによる測量技術によって無人化施工でもデータを取りやすくなりました。自動化を見据えたICTやDXといった領域と、無人化施工の技術領域を隔てる境い目が、今後どんどんなくなってくるのかなと思います」
技術の異同について、北原氏も口を開く。
「自律運転と遠隔操作というと、全く違う技術だと思われがちですけれども、実は同じものです。遠隔操作の信号も自律運転の信号も、信号の中身は同じなんです。重要なのは、『誰が考えるか』という点。人間が考えて信号を出しているのか、コンピューターが考えて信号を出しているのかの違いだけです」
坂下誠技術委員長が着用するブルゾンの胸元には「建設無人化施工協会」の文字が。技術委員会は無人化施工の知見展開・技術支援に係る業務全般を担う協会の中心部門で、全会員企業から1名ずつ選任された委員から成る。
自動化施工は人間による施工よりも優れているのか?
コンピューター制御による自律運転のほうが高度な施工を行うと思われがちだ。だが現時点では、人間の五感や体感というものを考えれば、コンピューターが得て判断する情報の質・量はまだ人間のそれを越えてはいないと、北原氏は指摘する。
「人間って、判断する前に考えているんですよ。決断するにあたっては、コンマ何秒か前の情報に基づいて決断し、ボタンを押しています。要するに、ボタンを押すずっと前に、思考を済ませているんです。
人間による遠隔操作のデータを基にAIで再現させてみるという話もありますよね。たとえばこういった試みのなかで、人間が想像で補完しているようなところまでをもAIが理解・再現できるようになれば、完全な自動化が現実のものとなるかもしれません」
そう言って最後に北原氏は、「ただ、特に災害復旧工事のような自然を相手にした作業では、その実現にはより一層の難しさを伴うでしょう」と付け加えた。
無人化施工が災害復旧工事の現場で闘ってきたのは、いつなんどき、再びの噴火があるか、崩落が起こるかがわからない、一様ではない自然だ。時に人智すら超える自然を相手に、人間は五感や想像力を武器に挑んできた。電脳が人間に取って代わる未来に手が届くとも言われる今日であっても、緊急工事自動化の前には多くの技術的課題が横たわり、各社がその克服に挑戦している。その克服が成される日まで安全・迅速な災害復旧を担うのは、人間の手による遠隔操縦技術だ。わが国における無人化施工の発展を支えてきた無人化施工協会の面々からは、技術への期待とともに、無人化施工が担っているものへの使命感が感じられた。
取材に応じてくださった北原成郎技術委員(㈱熊谷組)。無人化施工の実運用に精通されており、協会の活動として各種の出前講義等も担当されている。